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昔は葬式でも振り袖で出席していたという話を聞いた。実際のところどうなの?

2015年03月04日

コメント ( 45 )



274: 2015年02月16日 23:20

しょうもない質問です。
母に聞いたのですが、昔は喪服はあまりなく、葬式でも振り袖で出席していたという話を聞きました。
実際のところ、どうなのでしょうか?
喪服は最近発展してきたものだ、とか喪服の裏地は真っ赤だったとかそういう話も聞きました。

276: 2015年02月17日 09:43

>>274
昔、というのがいつを指すのかわかんないけど、戦前は紋付きを慶弔使い回したとは聞いた
ちなみにうちの実家の方は未だに白喪服
数十年前までは白無垢の袖を切り喪服にする人が多かったみたい

279: 2015年02月17日 13:24

>>274

もう45年も前の話かなあ・・
振袖じゃないけど、
交通事故で死んだじっちゃんの葬式んとき、
幼稚園児だったけど
七五三のフル装備で参列、親族席の最前列に座らされたよ
でも子供限定だったと思う・・
従姉たちもおんなじ、フル装備のキンキラキンだった

親の手違いで自前の帯を持って来てなくって、帯だけ誰かのを借りたのが
子供心にクツジョクだったw

280: 2015年02月17日 22:48

>>274
三十三回忌に振袖などの盛装をする(ご先祖様の列に加わるので)ってのは聞いたことあるけど、葬式は知らないなぁ。
黒の紋付は喪専用でなく礼服として扱われてて、慶事でも着たというのは聞いたことある。

281: 2015年02月18日 00:02

>>274
随分と昔のものなんだけど、家庭画報の保存版で「きもの冠婚葬祭」には、
山形県の天童が昔から、葬式には振袖を着るしきたりがあるって書いてあるよ。
『振袖は二十歳とは限らず、幼い女の子もみな振袖を着るのです。そしてできるだけ華やかに装うのが、
天童の葬式の礼法なのです』だって!1992年発行!

282: 2015年02月18日 01:51

山形県民だけど初耳!
明日そちら方面の友達に聞いてみよう。
私は県南だからかなあ、聞いたことないや。

283: 2015年02月18日 08:52

五十回忌だと お祝いみたいにホテルや料亭で親族で食事会を行うこともあります。
曽祖父母の時は 祖母や母は訪問着,私達孫は御所解模様の小紋を着ました。
振り袖も持っていたけどその発想は無かったですね。
因みに東海地方です。

全く普通の法事の家もありますね。

284: 2015年02月18日 10:09

おお、山形県の人がいらっしゃる!聞いてみて!そして教えて!

281です。
この雑誌、地方に残るきものの冠婚葬祭って特集があるんだけど、すごく面白いよ。

石川県門前町の若宮八幡のお祭りは、女性は薄物の盛装で見物するとか、
鳥取県米子市のお正月呉とか、紐落としとか、今はどうなんだろって思う。

この20年位で随分と変わってるだろうね。

285: 2015年02月18日 11:46

>>281
お待たせしました、282です。
なんと友達が実際におじいさまの葬儀で振袖着たそうです!20年くらい前。
仏様が寂しくないように若い人は赤いものを着るのだと言われたそうです。ただし家族限定。
今はどうなってるかわからないけど、その後おばあさまのときは小さい子も普通に黒い服だったそうなので、徐々に廃れていったのかもしれないですね。

286: 2015年02月18日 15:13

富山の55歳。17のとき、ひいばあちゃんおくるのに赤い振袖きたなあ。
曾孫におくられるのはおめでたいことなんだって。
30過ぎでじいちゃんおくるときは、喪服の振袖でした。独身だったので。
どっちもレンタルで、周囲の言われるまま。まったく興味なかったので。

20歳位の時、「道具」として反物そろえたけど、縫うのは結婚が決まってから、ってしまいこまれたまま。
高卒初任給68000円の時代に貯めた200万渡したけど、ムダだったなあ。
まあ、母や祖母が楽しんだんだからいいか、ってカンジです。

287: 2015年02月18日 15:54

おお!聞いてくださってる!!すごいな。山形県天童市。
それに富山県もなんだ。

東北、北陸の日本海側って、もしかして冠婚葬祭が派手なのかな?

うちは中国地方の県庁所在地だけど、20~30年前でも親族の葬儀は、学生は制服!がスタンダードだったよ。

288: 2015年02月18日 17:25

石川県の友人が昔みたのは、黒喪振袖だって。
紋は入ってたかは覚えてないと。
結婚すれば袖を留めて黒紋付にして使うのかな?
財力のアピールみたいだけど、そんなこと知らない人は
「喪服で振袖!何考えてるの?」ってヒソヒソ言ってたそうな。

289: 282 2015年02月18日 19:41

葬儀に振袖の件、続報です。
天童市だけでなく「村山」と呼ばれる県央地域に広く伝わる風習だそうです。なんと現在でも村山全体で年に2,3例あるそうですよ!
友達は仏様が寂しくないようにと聞かされたそうですが、要するに女の子〜娘時代の喪の正装がなかったからではないかとの考察もあるようです。現在は学校の制服がありますからね。現在でも振袖のしきたりを守っているご家庭というのはそれなりの旧家だろうと想像されます。(友人宅もそれなりの旧家です)
いやあ〜、服飾史というか民俗学っておもしろいですね!

290: 282 2015年02月18日 19:49

あっ、こちらで言うそれなりの旧家ってのは、財力というより親戚が多く一族の長老みたいな人がいるってことね。

291: 2015年02月18日 20:06

へー、それなら振袖の誂えがいがあるよね!

私は石川県の人間だけど、昔、振袖で葬式出たよ
だけど紋付きの黒いやつ
華やかな振袖は見たことないなー

ちなみに最近、親の体調が悪いので縁起でもないと思いつつ、袖を自力で詰めたよ…

292: 282 2015年02月18日 20:10

>>291
黒無地の振袖なの?!
それはすごい、むしろ贅沢ですね。
大人になると袖を詰める前提?

293: 2015年02月18日 20:54

黒の紋付は第一礼装だからねぇ。
贅沢と言うと語弊を感じるけど、和洋共に一番手間のかかる色は黒で、ランクが一目で分かるのも黒だったりする。
昔は慶事も黒に錦の帯で装ったと言うし、その名残(?)じゃないかな。

294: 2015年02月18日 20:56


慶事に黒を着るのは今も一緒だったね(汗)
喪服のように黒の無地に錦の帯、って意味です

295: 2015年02月19日 00:40

山形県置賜地方在住です。
葬式に振袖の習慣が村山地方にあるなんて初耳でしたー!
今度、村山地方の呉服屋さんに聞いてみよー。
面白いね。

296: 2015年02月19日 05:44

着物の話ではないけど、昔知人から知人の親戚が長生きして大往生した時に神道でお葬式出したそうで、長生きして亡くなったことはおめでたいことだからと幕は紅白の慶事のやつで雅楽でやったと聞いたことがあります。
そう聞くと参列者の服装などは聞かなかったけど、もしかして晴れ着だったのかも。
あの時聞いておけばよかったな。凄く気になってきた。

地域による習慣の違いや宗教、宗派によっても違いがあるんでしょうね。

297: 2015年02月19日 08:51

よその地域からすると、石川県は冠婚葬祭が派手というか、きっちりしてるイメージがあるけど、
東北、北陸は、概してそうなのかな。
娘を持つ我が身を思えば、小耳にはさむ程度でも聞いておきたい話題だわ。281です。

富山の人がいらっしゃるみたいだから、ついでに聞いてしまおう。(ごめんね。スレち気味だけど)

富山にも「花嫁のれん」がある(富山では加賀のれんと呼ぶらしい)って、今も?
多種多様な家紋入り風呂敷を結婚に際しては誂えるって、今も?

「夏風呂敷」なんて、うちの方では聞いたこともない気がするんだけど。←ちょっと途方に暮れた感じ。

298: 2015年02月19日 11:51

291ですが、石川県は確かに冠婚葬祭が面倒
前に書いた黒無地は、むしろうちが貧乏だから誂えたらしいよ
それで従兄弟の結婚式にもでたし、一枚でいろいろまかなえるから
ただ、金沢の中心地なんて転勤族も多いしそれほどでもない
市外の辺りは未だに、娘が年頃になったら少しずつ嫁入り道具の着物を誂え貯めしたりしてる親戚がいるよ

富山の親戚は、葬式に着物の白喪服着てたし石川県より面倒な印象
のれんも見たことある
のれんにつける飾り紐なんかも見た
葬式にはなぜかお盆がまわってきて、それに百円玉入れる
富山でもかなりの田舎に嫁いだ友人は、風呂敷もたんすも全部家紋入れたと言っていたけど、今時はあんまりしないみたいよ

299: 2015年02月19日 15:55

286です。花嫁のれん、どうなんでしょう。
同級生が25で結婚するときはやってましたね。30年前は。
仏壇参り、水合わせて、カワラケ割って、その後、〇〇殿で披露宴、みたいな。
いまでもちゃんとした?(家長的な、しっかりとした男性を中心とした家?)は守っているのではないかと思いますが。
職場でも、毎年末、娘の婚家に天然ブリを送ってる人もいますし。

近所では、都会の大学に進んだ若者は帰ってきません。
都会で結婚し、親が披露宴に出向いているようです。
老いた親は、やがて施設に入り、大きな仏壇据えた続き間のある家が、空き家になっていってます。

着物はファッションではなく、道具だったんですよ。昔。
嫁いだ娘がその地域で暮らしていくのに、恥をかいたり、軽んじられたりしないための。
箪笥の中身を本人のいないところでも近所の人にお披露目したそうです。

もうしばらく時代が進んだら、解放されるのかもしれませんが、
儀式以外で、ただ楽しみのために着物を着て外に出る、ということが難しいです、私。
寝間着はもう何年も浴衣だし、特に冬に家でくつろぐときは、ノーパン・ノーブラで大き目ウール着物でぐるぐる巻きになってるんですけどね^^ 

300: 2015年02月20日 08:05

土器を割る?ということは、水盃? ええーっ!結婚式で?って、今も? ←しつこい。
すごいな富山県。恐るべし富山県。石川県より面倒なのかー。



しきたりを守るということは、美しいことばかりではないということでしょうか。
私自身も本家から本家への嫁入りでしたから、結納から結婚、出産にいたるまで、
私が、というより、実家の母は、気遣いからして大変だったと思います。

うちの界隈で最後の荷開きらしい荷開きはあなたの婚礼だったと、土地の古老にいわれたことがあります。
「荷開き」というのは、婚礼の前に新婦の嫁入り道具を親戚や近隣の人に披露するもので、
大安吉日には、引き出しも開け、昔は衣桁に留袖や訪問着をかけておいたりもしたそうです。
私の和箪笥には、荷開きで披露されても構わないようにと、
結局、未だに袖を通していない着物が、しつけをつけたまましまわれています。

勿体ない出費だと恨めしい気持ちになった日もありましたが、
自分の娘が年頃になって、改めて有り難いと思うようになりました。

着物はファッションではない、道具だとおっしゃる299さん。
私にとって、私の着物は、鎧であり兜であり、槍や刀であったと思うのです。
そう思える程には、結婚してからの年月は、心安らかな日々ばかりではありませんでした。

昨年の暮れに実家の母の長姉である伯母が亡くなりました。
長患いの末でしたから、徐々に身辺の整理もしていたらしく、柩に入れる着物まで指定していたそうです。
伯母は、自分が嫁入りに持参した、母親(つまり私の祖母)の着物で旅立ちました。

昨今、婚礼の支度として着物を誂えるのを無駄なこととする風潮がありますが、私はそうは思いません。
娘はきっと現金の方が喜ぶだろうとは思うのですが、私は、私が用意してもらった程度のものは持たせてやりたいと
思うのです。

ちなみに私も自分の楽しみで着物を着る機会は少ないです。

なにせ私の着物は武具ですから。
親戚一同が集う際にこそ、威力を発揮するのです。



うわーっ。マジレス恥ずかしいー。しばらく消えます。

301: 2015年02月20日 08:55

土器割りは厄除けだからねぇ

302: 2015年02月20日 09:18

>>300さん

家も同じようにしてもらったので よくわかります
しつけが付いたままのほとんど袖を通したことない着物が和タンス2棹にギッシリ入っています
母の好みで誂えあたものが多いので 同じ色の江戸小紋が二枚あったり(鮫と行儀) 色無地は
全部落ち着いた色ですが赤紫から臙脂の似たような物ばかりです
留袖用に派手な帯とやや落ち着いた帯を買ってもらいましたが 派手を2回締めただけでこれを
もう締められないかと考えると残念です
落ち着いた方も黒字に金の帯なので地味ではないです

帯は派手でもよいのでしょうか、当方アラフィフです

従妹の娘が最近結婚しましたが 荷開き行いました
着物は留袖、夏冬喪服 色無地 訪問着を揃えたようです
昔に比べれば簡単な支度ですが 最近では珍しい方だと聞きました
皆 東海地方に住んでいます

303: 2015年02月20日 10:09

私、富山の山奥の本家長男嫁。
実家が貧乏でなんにも支度できなかったから、荷開きもできないしずっと結婚したことも内緒にされてた。
さんざん嫁いびりもされたけど、たくさん嫁入り道具もちこんだ義母も壮絶ないびりにあったと言うし、どっちみち同じだと思う。
それでも、嫁ぐ娘が少しでも大切にされるようにと道具を持たせる親心はわかるし私はしてやるつもり。
家には代々の婚礼家具や着物がぎっしりあるから、義曾祖母やそれ以前のは好きにしていいって言われた。で、それを今引っ張り出して楽しんでいる。
豪奢な丸帯、留袖やらを仕立て直して有効活用してる。見たことも無い人の物だけど、みんなこの家に嫁いで苦労した人の物だと思うと感慨深い。

>>302さんも、せっかくの帯、使わないのはもったいないですよー
帯になじむ同系色の帯締めにすれば派手な帯でも落ち着いた印象になるのでは。

304: 2015年02月20日 10:37

>>303さん ありがとうございます
そうですね トータルにコーディネートすれば 案外いけるかも

家にも祖母が婚礼の時に締めた丸帯があって 重すぎるので表地はそのままで 裏側を別の軽めの帯地で縫い合わせてリバーシブルの袋帯に仕立て直しました
祖母から見てひ孫にあたる子たちの結婚式に締めたいと思っています
その帯は白地なので 何歳でも使えそうなものです
昔の物を活用するのは良いですね

305: 2015年02月20日 16:04

東海、といっても太平洋側ですが、
もうすぐ還暦のわたしの母も、婚礼のときに荷開きをしたと聞きました。
襦袢に始まり小紋も色無地もつけ下げも訪問着もお召しも羽織もコートも雨具も、
もちろん喪服や留袖も、ものによっては複数枚ありました。
単と夏物は出してきていないと聞いたので、まだ箪笥にありそう。
さすが何十年前の名古屋の婚礼…とちがう意味で頭が痛くなったものです。

母の実家は一般家庭でしたが、祖母が、嫁ぎ先が田舎とはいえ、
きちんと揃えて、近所の人を招いて箪笥開きをしていたと聞きました。
ほとんどしつけ付きのまま、袖を通したのは一部のみで、
(母方の祖母にとって)揃えることに意味があったんだと母は言っていました。


せっかくだから貸して欲しいと母にお願いしたら、もう体型も変わってしまったしどうぞ好きにしてと。
母はわたしに着物を貸し出す(と書きます。あくまでも母のものだと思っているので)際に、
やけにさっぱりとしていて、むしろ娘が着てくれて感謝しているとまで言ってくれました。


婚礼道具の小紋や羽織などを娘がおしゃれ着
(小紋が普段着、というのは分かっていますがたとえとして)
にしてしまうのは母と祖母に失礼かなとも思いますが、
うちの場合は母はわたしが着ているのを見てずいぶん嬉しそうなので、よかったのかなとも思います。

母にとっては道具というよりも【婚礼時に持ってきたものの離れに箪笥ごと一式放置】、
という状態でしたが、娘に受け継がれていくのが嬉しいようです。


とはいえ、わたしももう少し早くきものに興味を持っていればよかった・・・。
サーモンピンクに近い地色の総柄茶屋辻小紋と、
クリーム地にピンクと赤の梅がやまと絵風に入った羽織を、
この間うきうきしながら合わせたら、出先で「お嬢さん」と呼び止められました。
三十路で既婚者ですすみません…。
色があざやかすぎて今着ないと着られない!!とわたしもあわてています。


長文で自分語りをしてしまい申し訳ありません。

306: 2015年02月20日 16:43

60になる知人が、こないだサーモンピンクの付け下げ着てたよ
若い時に買ったものだけど、着てあげなきゃかわいそうでしょって
帯が地味だったから全然おかしくなかった
花柄とかだと物によってはキビシイかもしれないけど、茶屋辻なら年寄でもいけるよ
渋い帯と小物を合わせて大事に着てあげて

引用元: http://www.kimonolog.com/archives/post-11974.html


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コメント一覧

  1. 着物の名無しさん   2015年03月04日 21:53

    父が富山、母が石川出身。富山は嫁入りが大変だから、富山の人とは結婚するなと言われてたらしいw
    花嫁のれんは見たことないけど、葬式は白喪服。

    あと着物関係ないけど298が書いてたお盆に100円のせるのは賽銭みたいなものですね。お焼香の時にお盆が回ってくるから皆小銭を用意しておく。最後に小銭を半紙に包んで、お布施とは別にお坊さんに渡します。

    母は婚約中に父の地元の祭りを見に行ったらしいが、念のため着物を二種類持参したそう。で、姑さんにどちらがいいか聞いたら「せっかくだし両方着よう」と言われてお色直し?した。
    ご近所さんが母を見に来て凄かったそうな。

  2. 着物の名無しさん   2015年03月04日 22:02

    そうそう、石川県には昔から「富山から嫁は貰っても嫁にやるな」という格言があるのよね
    そんな私も反対を押しきって富山に嫁いだよ
    お隣の県だけど風習がけっこう違うよね

  3. 着物の名無しさん   2015年03月04日 22:44

    ※2
    その手の話はどこの県にもあるのねー
    隣の県(主人の実家)としきたりがまるきり逆な事があって、結納から早々に大変だったよw

  4. 着物の名無しさん   2015年03月05日 02:34

    ロクに着もしないのに振袖ネタ好きだよね

  5. 着物の名無しさん   2015年03月05日 08:27

    核家族化というか最近の人は
    七回忌ぐらいからそんなに親戚呼ばずごくごく近親者で済ませたりするからなあ

  6. 着物の名無しさん   2015年03月05日 08:29

    黒喪服の振袖ってすごいね!それこそ贅沢品だったろうな

  7. 着物の名無しさん   2015年03月05日 08:58

    黒喪服の振袖じゃないよw
    黒の振袖は礼服喪服兼用の正装服

  8. シャオ   2015年03月05日 09:38

    ちょっと違いますが…。
    山口出身の祖母の結婚式は、振り袖の留袖を着たらしいと今母に聞きました。知らなかった。

  9. 着物の名無しさん   2015年03月05日 09:52

    ※8
    いや、それは留袖ではなくて、黒引き振袖だと思うよ。

  10. 着物の名無しさん   2015年03月05日 10:27

    ※7
    記事にあった石川県の黒喪振袖は、黒無地の振袖じゃないってこと?ただの黒地の振袖で柄はあるってことでしょうか

  11. 着物の名無しさん   2015年03月05日 10:49

    富山と石川に着物で行くのはやめようと思った

  12. 着物の名無しさん   2015年03月05日 10:50

    どなたかのエッセイ集に、子どものころ葬儀に黒地に花薬玉の振袖を着た話があったな。

  13. 着物の名無しさん   2015年03月05日 10:54

    ※12
    宮尾登美子さん。

  14. 着物の名無しさん   2015年03月05日 11:38

    友人はおじいさまの葬儀に振袖で出たそうです。山形県村山地区で今から20年くらい前の話です。現在でも年に数回はあるとセレモニーホールの方が言ってました。直系の未成年に限るようです。

  15. 着物の名無しさん   2015年03月05日 11:41

    直系は、個人との関係ですね。
    祖父母の葬儀にお孫さんが振袖というパターンのようです。興味深くて調べてみましたが、故人が寂しくないようにという理由と、昔は未成年女子の礼装がなかった(学校の制服とか)からという理由と二通りの説があるようです。

  16. 着物の名無しさん   2015年03月05日 11:42

    あ、このスレでしたね。
    もうまとめられてたんだ(^_^;)
    そそかしくてすみません。

  17. 着物の名無しさん   2015年03月05日 12:49

    話が微妙に混乱してるね
    地色と柄の有無と柄付を知りたい。
    民俗学的にも興味あるなあ。

  18. 着物の名無しさん   2015年03月05日 13:12

    じいさまのお葬式に七五三のカッコで出席した孫ズこと※279です

    日本海に面してますが関西でした

    それから十数年後のばあさまの時は普通の葬式・・
    参列しながら、風習がかわったのかな~、さびしいな~、って思いました
    単に一族の中に、そういうちっさい子供らがいなかった、というだけかもしれませんが

  19. 着物の名無しさん   2015年03月05日 17:33

    行けばわかる

  20. 着物の名無しさん   2015年03月05日 20:11

    赤い着物って魔よけの意味もあるよね

  21. 着物の名無しさん   2015年03月05日 23:25

    ※11
    石川県…金沢…加賀友禅…

    ※20
    こどもが一緒に連れて行かれないようにとかそっち?友引避けますじゃないけど

    民族学的に葬式がしめやかではなく宴やお祝いみたいな地域はあちこちあった気がするけどこれは服装だけの話かな?

  22. 着物の名無しさん   2015年03月06日 07:27

    亡くなった人の年齢によるのでは?
    大往生なら饅頭は紅白になったりするし
    若くして亡くなったならそんなに派手には出来ないだろうし

  23. 着物の名無しさん   2015年03月06日 10:04

    私の持ってる冠婚葬祭用の振袖は五つ紋がついてる黒無地だよ
    めでたいから振袖ではなく、昔は普段着の総柄小紋でも若い人は振袖にしたし、袖の長さは本人の年齢や身長に合わせてたってだけなんじゃない?

  24. 着物の名無しさん   2015年03月06日 10:58

    コメ欄にも振袖=成人式で着るような柄の入ったものと勘違いしてる人が何人かいるみたいね

  25. 着物の名無しさん   2015年03月06日 11:50

    ※24
    こちらにはない風習だから

    袖が長い=振袖でもないような
    それなら未成年者だから袖が長い黒無地五つ紋付きといって欲しいわ
    訪問着でも色無地でも付下げでも、小紋でも長いのがドレッシーとされて長いのが流行った時期あるよ
    中高年も

    ※12は?
    黒地なら柄ありでいいのかな
    紋付振袖かな?

    17さんの質問に推測で答えないで
    出身者さんいないの?

  26. 着物の名無しさん   2015年03月06日 11:55

    291見ると、石川の方で黒無地紋付で年少者だから袖長いだけみたいな印象

    中振袖や大振袖の袖丈あったのかや
    帯はお太鼓の喪帯で慶弔両用だったかは気になる

  27. 着物の名無しさん   2015年03月06日 13:32

    黒無地振袖持ってる者だけど、袖丈は大振袖、帯は喪帯だけど袋だったよ
    なんでだろう
    石川県民です

  28. 着物の名無しさん   2015年03月06日 13:47

    ※27
    ありがとう

    慶事は二重太鼓(喜びを重ねます)は袋帯を推したかった業界事情と、げんかつぎと、喪は慌ただしいのですぐ結べる名古屋帯がよい実用が一致したのでしょう

    礼装用のキンキラ名古屋帯、たくさんリサイクルにありますよね

    喪は名古屋、慶事は二重は比較的最近のルールです
    たしかに二重太鼓の重厚感はありますが
    名古屋の比翼仕立てもありますよね

  29. 着物の名無しさん   2015年03月06日 15:45

    袖が長い=振袖じゃない?
    意味がわからない…
    色無地の振袖とか普通に存在してるけど

  30. 着物の名無しさん   2015年03月06日 17:36

    ※29
    中振袖丈や大振り袖丈ほど長くなくても50センチ後半から二尺ぐらいの今の
    一律袖丈49センチじゃない着物もあるから
    そういうものかと思ったの

  31. 着物の名無しさん   2015年03月06日 17:44

    中振袖で76センチぐらいつまり二尺以上?
    訪問着や小紋でも袖丈長くするの流行った時期あるよ
    色無地や紬のぼかしの振袖の存在は知っています

    黒無地紋付振袖を慶弔両用にしたのか、
    若いし第一礼装だから黒無地五つ紋付も袖を長くするものだったのかってだけ
    今の振袖は袖を短くしても訪問着で留袖にはならないものが多いでしょ

    そもそも振袖が紋付にできないような柄付け主流で
    せいぜい入れられて一つ紋なんだもん

  32. 着物の名無しさん   2015年03月06日 18:50

    振袖は振りがあって袖が長いものって定義があると聞いたような?
    昔から小紋柄の振袖もあるし
    格が柄付けによりけりなのは他の着物だってそうじゃん
    振袖と格が高い着物は同義じゃないよ

  33. 着物の名無しさん   2015年03月07日 22:09

    振袖の定義も二種類あるみたい

  34. 着物の名無しさん   2015年03月07日 23:19

    袖が振袖丈=小紋柄のものもある、盛装
    未婚女性の正装=絵羽柄か色無地、たまに付け下げみたいな小紋柄、紋を入れることもなくはない

    どっちも振袖って呼ぶ。
    振袖というからには短くても袖丈75センチくらいはあるし、訪問着の袖は長くても68センチくらいだから見れば区別はつく。

  35. 着物の名無しさん   2015年03月08日 06:49

    山形出身だけど
    天童の山奥では 未だに 葬式を出す家の人は
    着物だよ。 出席した人曰く その家の娘さん達は真っ赤な振袖だったらしい。

  36. 着物の名無しさん   2015年03月08日 08:17

    すごー
    三人姉妹の一番下、猫の子やるみたいポイッと出された
    自分とは別世界ww
    猫でも昔はかつぶし1本つけたそうだけどw
    長女の姉は花嫁道具一式あつらえてたけど、今じゃ邪魔者扱い。
    現金が一番だな。。

  37. 着物の名無しさん   2015年03月08日 10:08

    母が富山出身
    祖父のお葬式で白喪服を着せられそうになったけど
    従妹と全力で断って制服着た(当時二人とも高校生、白い着物って~って感じだった)
    いまとなってはコスプレ感覚で着ておけばよかったとちょっと思う

  38. 着物の名無しさん   2015年03月08日 11:10

    山形県村山市在住、50代です。天童の隣の隣ですね。

    昔、自分が高校生の頃、母方の曾祖母の葬式で、同居の直系の孫娘三人のうち、幼稚園児だった末娘だけが、七五三用の華やかな振り袖を着せられていました。上の二人は制服や地味な洋服でした。しかし、それを見た父方の祖母は、大変違和感を感じると言って、憤慨していました。ほんの少し、それこそ小さな山ひとつ越えただけで、風習が違っていたようです。お葬式があったのも、父方の祖母の出身も、村山市です。しかしその後は見たことがありません。

    更に私が20代の頃、地元の歴史に詳しい方の話を聞く機会があり、二枚のお葬式の集合写真を見せられました。どちらも数人の若い女性が華やかな振り袖姿で、年代は忘れましたが少し昔の天童市のものだったと記憶しています。その方の説明では、「昔は交通も伝達手段も未発達だったので、大勢の親戚知人が集まるお葬式は、大変貴重な情報交換の場だった。そこでここに年頃の娘が居ますよ、良い縁談があったらよろしく、という広告のような意味で、華やかに装わせたのだ」という話でした。これも一つの解釈なのでしょう。

    初めてなのに長々とすいません。ご参考になればと思ったのですが・・・。

  39. 着物の名無しさん   2015年03月08日 11:53

    私、山形県の村山地方だけど、15歳と20歳のとき葬式で真っ赤とか派手な振り袖着たよ。(今36歳)
    それぞれ自分の祖母、祖父の葬式で、『うちの娘もこんなにいい娘に育ちました』と見せるためと聞いた。
    通夜も東京ほどの重要性はなく、本番は骨になってからのお葬式でした。お寺でやったよ。
    今だったらセレモニーホールでやるんだろうなー。

  40. 着物の名無しさん   2015年03月08日 11:59

    ↑※39の補足
    『いい娘に育ちましたよ』というのは、イメージ的には死んで見送られる祖父母に見せるためな感じがした。
    上の方が書かれているお見合いの意味合いもあったのかなあ。
    ちなみに上の方とは別の市だけど、天童市の隣の市です。

  41. 着物の名無しさん   2015年03月09日 21:04

    ※34 腕を下ろしたとき袂が膝か膝より下にくると振袖って感じになるね。

  42. 着物の名無しさん   2015年03月09日 21:22

    37みたいな感性はちょっと恐ろしいな…
    葬式にコスプレ気分でとか、疎遠な人の式でも思えないよ…

  43. 着物の名無しさん   2015年03月20日 19:21

    天童出身です。三十半ば。
    しばらく帰ってないから、最近はわかりません。
    小学校低学年の頃、本家で葬式であった際に振袖を着ました。写真が残ってました。
    小学生の間、身内の葬式が一度あった際も振袖だったと思います。
    写真はなく、なんとなく覚えているだけですが。
    20過ぎで祖父が亡くなった際はブラックフォーマルのワンピースでした。
    葬式関連だと、地区が違うといろんなことがちょっとずつ違うようですが。

  44. 着物の名無しさん   2015年09月03日 23:52

    きものろぐにこんなに山形県民が出没してるとは思わなんだw
    そういう私も山形県民(・∀・)お葬式で振袖は着ていません。

  45. 着物の名無しさん   2015年09月04日 08:20

    ちょっと資料がどこいっちゃったか分からないんけど、
    日清・日露だったか一次・二次大戦だったかの、全国から未亡人やらを集めた戦没者慰霊式典に、派手な(つまり色柄のある、だと思われる)振袖や白無垢、花嫁衣装の女性がかなり見られたらしい。
    それらの女性の地方では、喪の装いがそういった衣装だった、と。

    民俗資料集成だったかなー。
    民俗学系の衣服/葬送習俗の本には結構色々載ってるよ。

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