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卒業式に黒羽織で出席したことを着付け教室の先生に話したら「黒羽織は喪用!」と…

2015年04月03日

コメント ( 55 )



633: 2015年03月17日 17:09

ご意見お聞かせください。

卒業式に色無地、黒羽織りで出席したことを着付け教室の先生に話したところ、「黒羽織りは喪用!恥ずかしい!」と言われてしまいました。
祖母には「無紋の色無地にはこれ(紋付き黒羽織り)を来て行きなさい」と言われたのでそういうものだと思っていました。
いやはや着物とは難しいものですね。年代で見解が異なるようです。私は祖母の見解でいいと思っておりますが、一般的にどのような見解かを知りたいです。よろしくお願いします。

634: 2015年03月17日 17:32

先生は絵羽の黒羽織をどういう位置付けでお考えなのでしょう?
喪では使えないのに。

まさか昭和の黒羽織の使われ方をご存知ないとか?
紋付黒羽織が喪専用とは初めてききます。
でも実際にはおめでたい時には絵羽の紋付黒羽織しか見たことないかも。
明治時代の写真だと多様されてる。

635: 2015年03月17日 17:57

そもそも黒の五つ紋付き自体も喪服ってわけでもないしね
有名なところは宝塚の卒業式とか

636: 2015年03月17日 19:38

私の住んでいる地区では黒羽織を式典に着てくる人はいませんね
だからといって喪用だとも思っていない

638: 2015年03月17日 22:05

木村孝先生が黒羽織よもう一度という趣旨の発言をされたから復活してくるかも

黒無地紋付羽織は慶弔両用として略喪、通夜に羽織っていたことはあるかも
入学式の母親の装いが有名だけど

80代祖母の嫁入り道具らしき
黒絵羽羽織(紋なし)があります

引用元: http://www.kimonolog.com/archives/post-11974.html


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コメント一覧

  1. 着物の名無しさん   2015年04月03日 21:15

    自身の不勉強(無知)を棚上げして、自分の知らない事は全否定な『先生』が増えたよね。。。

  2. 着物の名無しさん   2015年04月03日 21:20

    黒紋付き絵羽織はお祝い事専用だと思ってた。
    喪事に、あの派手な羽織を着て行く度胸はないわ。

  3. 着物の名無しさん   2015年04月03日 22:00

    絵羽とは書いてないから紋だけ入った羽織りだと思いますが…

  4. 着物の名無しさん   2015年04月03日 22:19

    こういう呉服屋さんなら遭遇したことあるけど、自分の着付けの先生だったらキツいなぁ…

    我が家には曾祖母が黒い長羽織を着て写ってる家族写真があります。他の家族の装いからして、たぶん慶事。

    祖母も披露宴にお呼ばれしたときは、色無地に黒紋付の中羽織を合わせてました。

    しかし「あらあら、黒紋付を着ちゃったの? まぁ今度からは気をつけてね」じゃなく、いきなり「恥ずかしい」かぁ…大変でしたね。なんだか同情しちゃいます。

  5. 着物の名無しさん   2015年04月04日 00:39

    ん?慶事には黒紋付き、黒紋付き絵羽織はオッケー、弔事には黒紋付きのみオッケーって事で合ってる?

    黒紋付きは確かに便利かもしれないけど、現代では慶事の場合は(結婚式以外、入卒式など)紋無しの訪問着でも大丈夫だし、あえての黒羽織は昭和レトロコスプレ、私は着物通なの感があって、自分は実際には着ること無いとは思うけど。
    ましてや弔事なんぞ、親族でも着物少ないのに、わざわざ着ないかなぁ。

  6. 着物の名無しさん   2015年04月04日 06:10

    うちの幼稚園や小学校は黒絵羽の人多いよ。
    若いお母さんたちが大抵上の世代から着物貰えるもんだから
    昭和レトロどころか平成30近くなっても日常風景。
    特殊なんだろうな。毎年壮観で楽しいけど。
    今度新幹線通るところです。

  7. 着物の名無しさん   2015年04月04日 09:42

    @西日本地方政令都市中心市街
    公立付属で幼少中一貫(外部進学や外部から入学もあり)

    幼稚園小学校卒業式は着物率高く、訪問着に帯つき、ショールのみ、絵羽羽織、道行き、江戸小紋や色無地に紋付き黒絵羽羽織など皆様さまざま
    着物6対洋装4ぐらいです

    小学校入学式はセットアップ、スーツ、訪問着、色無地に紋付黒羽織や黒絵羽羽織など様々でした

    黒羽織はスーツより浮きすぎず安心感があるそうです

  8. 着物の名無しさん   2015年04月04日 09:46

    ※5
    あってます
    喪はそうかもしれませんが
    全員和喪服に女性は白か黒の割烹着持参で近所や檀家同士の法事に参集するような慣習も、
    まだまだ残っている地域もありますよ

  9. 着物の名無しさん   2015年04月04日 11:53

    紋付黒羽織、恥ずかしいのかあ。
    便利なんだけどなあ。しょんぼり。

  10. 着物の名無しさん   2015年04月04日 15:30

    気にするなよ。
    間違いではないし地域によっては市民権得てるし
    何より好きならそれでいいじゃないの。
    私は好きだよ。コスプレとも思わん。

  11. 着物の名無しさん   2015年04月05日 01:26

    初めて来たから何言ってるかわからん
    黒い着物は難しいんだな

  12. 着物の名無しさん   2015年04月05日 01:54

    先生が前にやって「しょうわぁ〜〜」とかディスられたトラウマ持ちとか
    ン十年前には母は皆やってるけど何か安直に思えて好きじゃない、と着なかった
    それから着物事情もだいぶ変わったし、今は使い道が少ないから一から作る人もいないんだろうな
    慎ましさときりっとした佇まいがいいと思ってるんで絶滅しちゃうのは惜しい

  13. 着物の名無しさん   2015年04月05日 08:05

    家紋入りの黒は「正装」です。入学式では黒の紋付に下は小紋など薄い春らしい色合いの着ものに其れに似合った帯をすれば立派な「和服」の正装で入学式や卒業式に着用出来ます。そもそも「家紋」を入れてあるものは「格式がある」わけです。正式の場で着るには良いものですよ・・・そもそも黒は葬式にも結婚式にも使用出来るものです。仏事では黒い帯と帯紐を水引で結び、祝い事は帯を柄物や色つきで帯紐も帯にあう色で帯紐の結びも上に来るように結びます。着つけの先生はどうしてそんなことを言ったか意味不明です。私の母も私が小学校入学の時、紋付の黒の羽織と下には薄い黄色の着ものを着て入学式に参加してくれましたw昔は皆、何処の母親でも「子供の祝い事」にはかならず和服の正装をしていましたよw恥ずかしいことはありません!これこそ「日本の正装ですからw」

  14. 着物の名無しさん   2015年04月05日 10:35

    女装で羽織は正装ではない
    ってのをどうして知らないんだ?

  15. 着物の名無しさん   2015年04月05日 10:41

    ※14
    紋付黒羽織は略礼装にできるというルールができたんです。戦後物がない時代の知恵です。
    最初は黒無地紋付羽織で、絵羽ものは後発だと思われます。
    知恵と工夫です。たしかに正装ではありません。
    それをおっしゃるなら紋のないものは正装ではないので(振袖も訪問着も紋付普通でした)今の慣習は色々おかしいですよ~
    マナーも生き物ですから。そして

  16. 着物の名無しさん   2015年04月05日 10:46

    「小さいおうち」見ていたらクラシックコンサートに黒無地紋付きに華やかな帯で着てるエキストラさんがいた

    むかしは改まったシーンは全部黒無地紋付きで通して帯や小物で変えていたのかな?
    しかし松たか子さんは銘仙に名古屋お太鼓だった

    着物好きが見たら楽しいかも
    家庭で女中さんが伸子張りと染め替えしていたり
    襦袢が手縫いの着物リメイクで身頃と替え袖で別布だったり

  17. 着物の名無しさん   2015年04月05日 15:39

    違うものを勘違いしてたんじゃね?

  18. 着物の名無しさん   2015年04月05日 15:57

    アラフィフだけど、昔小学校の卒業式に母親達はみな黒羽織着てきて、私も大人になったら着られると思ってたものだった。
    今は皆洋装でがっかり。

  19. 着物の名無しさん   2015年04月05日 17:21

    地方の田舎者にはあんまり関係ない話だった

  20. 着物の名無しさん   2015年04月05日 18:00

    >>16
    うちに義母の形見の喪服がある
    女学校の卒業制作だったと聞いている
    本来は袖丈60cmくらいに仕立てられていて
    10㎝位折り返して縫いこんである

    五つ紋付の黒の縮緬の着物に袴をはいて卒業式
    錦の帯を締めて慶事の礼装
    黒の帯で弔事の礼装

    絹が高価だった時代の合理的な習慣だと思う

  21. 着物の名無しさん   2015年04月05日 18:09

    女の羽織は正装ではない!
    と主張する人に訊ねたい

    そもそも小袖は下着ではなかったか?

  22. 着物の名無しさん   2015年04月05日 19:19

    略礼装ですら女性の羽織がダメなら、そもそも女物の紋付羽織が存在するわけがないしね
    紋付の時点でフォーマルシーンでしか使えないじゃん

  23. 着物の名無しさん   2015年04月05日 21:35

    ※21
    歴史的に正しい原型とか言い出すと平安時代までさかのぼるので
    その手の反論はちょっとかんべんして
    戦後の不自由な時代だって現在につながる歴史なのでそこを無視しては話にならない

  24. 着物の名無しさん   2015年04月06日 16:17

    昭和30年代あたりに流行したようです
    ・無紋色無地やよそゆき小紋を紋付黒羽織で格上げ→略礼装、参観日などに母親が着用

    今、着物は数を持ちませんからまた黒羽織が見直されているのでしょう

  25. 着物の名無しさん   2015年04月06日 17:00

    ※24
    逆に、その時代以前は入卒式にはどんな着物着てたんでしょうね
    戦前なら庶民が正絹の着物をそう何枚も持ってたんでしょうか

  26. 着物の名無しさん   2015年04月06日 17:49

    ※25
    戦時中は贅沢は敵だ!で絹、人絹織物は統制されて着られなかったと思います。
    政府による統制が解除されるのは昭和24年6月です。
    それ以前、明治大正時代や昭和初期
    は、洋装が入ってきたり色々と常識が変わったかと。
    階級や職業で着る物が違ったでしょうね。

  27. 着物の名無しさん   2015年04月06日 17:59

    尋常小学校、義務教育は明治維新以降ですから、木綿や大人しめの銘仙に羽織といったスタイルも多かったかもしれません。小紋柄(着物仕立て直し)も黒羽織も色々だったかと。
    今の着物雑誌の創刊は戦後ですから、紋付き黒羽織が大きく流行したのは戦後としても、それ以前に着なかった訳ではないと思います。

  28. 着物の名無しさん   2015年04月06日 21:13

    ちょっと、まわりのオトナたちに聞いてみた。

    義曾祖母(戦時中に女学校行ったけど後半は勤労、最初の婚約者は戦死)「それまで持ってた小紋の中でも地味なのをモンペにリメイク、大正浪漫と持て囃された物はいつの間にか消えていった。とにかく目立つのは避けた。黒羽織は町内の出陣式やら見送りには必須。しかし戦争後半はそれも砂糖とか野菜と交換。それでも羽織れば形になるものだから、持ち続ける人は頑張ってた」
    義祖母(曾祖母の長女。高度成長期に嫁入り)「物の無かった母親の若かりし頃の夢を叶えるかの如くキラキラしい振袖、訪問着、嫁入り道具の数々。値段は怖くて聞いたことがないけど同世代には割とそういう子が多かったと思う。紋付黒と黒絵羽が何でもフォーマルに見せる便利アイテムというのは親世代からの伝統」
    義母(↑の四女)「地方だから姉たちの頃は一般的でなかった七五三を私だけがやってもらえた。真紅の綸子に綺麗な薬玉柄。濃淡桃色の籠目模様。とにかく派手。黒絵羽?ダサいの代名詞。カラスの行列か?みんな帯付きでうろうろしてた。親世代は眉をひそめたけど」
    小姑(↑の長女)「おかーさんの七五三着物は派手すぎて好みじゃない。黒絵羽イケてる。昭和のお母さんって感じ。洋も和もファッションは巡り巡るもの!それぞれ戦中戦後、高度成長期、時代に見合ったものを着てた(着ざるを得なかった)ように、今の時代に生きてる人の感覚が黒絵羽素敵と思うなら素敵なのでは?」

    という小姑の漢気な言葉に乗っかって
    私も娘の入学式に黒絵羽着てきましたよ。
    ダサいと言ってた姑も着姿見たら
    あらま懐かしいわ〜って目細めてた。
    色々思い出すんだってさ。

    あと姑の派手な七五三振袖は小姑の娘たちの
    お気に入りだそうです。巡り巡るわ。

  29. 着物の名無しさん   2015年04月06日 21:15

    長文すまん。

  30. 着物の名無しさん   2015年04月06日 22:11

    ※28
    貴重なお話をありがとう。
    本当に巡り巡るのね。

    一周回って今は新鮮なのかも。黒羽織。

  31. 着物の名無しさん   2015年04月06日 22:37

    着物を着る人が減って黒系のスーツが増えても黒羽織なら馴染めるし
    羽織の丈と一緒でやっぱり流行は巡るんだね

  32. 着物の名無しさん   2015年04月12日 10:02

    重数年前の大学の卒業式に、同級生の女の子が紋付き黒羽織できたけどかっこよかった。

  33. 着物の名無しさん   2015年04月13日 17:24

    その教室やめた方がいいんじゃ( ・∀・)

  34. 着物の名無しさん   2015年04月17日 09:02

    地紋が弔事向けの黒無地なら喪用のみだが慶弔両用できるとか着物を格上げできるというメリットを殺すのでそういうのではなさげ

    移動中ではなく少なくとも、女性の屋内での正装は帯つきで羽織はカジュアル扱いになる(元は深川芸者を職業人として登録するための男装から粋の代名詞→一般女性に普及だから)
    だから女性の羽織は正装ではないは間違いでもない
    女性の紋付き黒羽織や黒絵羽羽織は略礼装となるので屋内で脱がなくても良い

    ちりよけ、コートとしての羽織はできるだけ、室内に入る前に脱いだ方が良い

  35. 着物の名無しさん   2015年04月19日 22:58

    黒の羽織(紋付)は不祝儀用ではありません。
    色無地や江戸小紋の上に着て正式な場に出ます。

    小紋や銘仙の上に着ると格が1つ上がって昔は初出勤やお見合いの付添い等ちょっとした気の張る場にも来ていきました。

    呉服屋の店員や着付けの先生などでも知らない人が多いですね。

  36. 着物の名無しさん   2015年04月19日 23:10

    40代だけど、入学式卒業式なんかには黒羽織のお母様多かったような・・・。

  37. 着物の名無しさん   2015年05月03日 02:53

    黒絵羽織はお祝いごとにしか着られない。
    黒無地の紋付羽織(黒羽織)は略礼装の一部として、祝い事、弔い事どちらにも着られる。

    江戸時代の庶民は、普段の着物の上に黒羽織を着て礼装としていた。時代劇などでも、庶民が殿さんと会うときなんかに、女将さんがやってたりするので注意して見てみよう。

    スレ主がいうような先生がいたら「この愚か者め!!」と言ってやりたい。

    ついでだが、喪服に着ている長着=紋付の黒無地であるが、正式には留袖と同様下着(または比翼仕立て)がいる。そして重ねて着たとき喪服ではなく、第一礼装である。紋付黒無地羽織と同様、冠婚葬祭全て着用可能である。

  38. 着物の名無しさん   2015年05月04日 00:20

    昭和の集合写真見てると縞の着物に黒羽織のお母さんとか結構いる

    ※26
    太平洋戦争始まった頃は富裕層は呑気で結構良いものも着ていたらしいがだんだん世の中厳しくなり、統制中は染めや織りの工房も贅沢品つくったらいけなかったので、仕事ができず、終戦から統制解除までは進駐軍向けにパジャマだガウンだのを染めて生き延びたところもあるそうです。赤白青原色ばかりで。

  39. 着物の名無しさん   2015年06月11日 00:30

    洋装でも和装でも「一時代前の準正装が正装になる」ルールが働く事が多い。
    20世紀初頭まで「ディナー」はホワイトタイ(燕尾服)が常識だったがブラックタイ(ディナージャケット)が登場し、
    今ではブラックタイはほぼ正装(王室・皇室関連以外)。フツーのディナーならダークスーツで「正式」の部類。
    日本でも狩り衣や直衣が正装化したり、袿(長襦袢扱い)⇒小袖 と変化したり。
    なので時代と共にカジュアル化するのは仕方ない。
    でないと、レストランへはローブデコルテにティアラ、料亭には打ち掛けで行かないといけないw

  40. 着物の名無しさん   2015年12月26日 05:02

    紋付の黒い羽織(絵羽ではない)をちょっと改まった時に着用するのは、明治~大正時代からすでにしていたそうです。別に戦後急にできた習慣ではありません。

    幸田文が昭和30年代のエッセーで、当時の「カラス族」の新聞記事を指して、昔からあったことで、別に珍しくも新しくもない、と書いていました。ちなみに幸田文は1904年生まれ。

  41. 着物の名無しさん   2016年02月05日 14:37

    ここまで203高地ネタがまだ出ていないね。
    それ以前は弔事は白または水色(麻もあった)のが、貸衣装屋が困って汚れにくい黒でも良いと宣伝した、というやつ。

  42. 着物の名無しさん   2016年02月05日 15:08

    紋無しの色無地に紋付き黒羽織って卒業式にぴったりの装いだけどね
    その着付けの先生は状態異常(ゲーム用語)だったのかな

  43. 着物の名無しさん   2016年02月06日 06:29

    服飾史は楽しいね、知らないことも沢山合ったよ。ありがとう。

    からす族というとヨージヤマモトを思い出すけど昔からあったんだなw

  44. 着物の名無しさん   2016年02月06日 20:20

    黒地に紋がついているだけで不祝儀に用いると思う人が多いんだよなぁ
    個人的に少し嫌なのが黒紋付を喪服という事
    話の通りは良いけどさ

  45. 着物の名無しさん   2016年02月08日 20:48

    亡くなった明治生まれの祖母は、夏のアッパッパ以外は着物で過ごしてました。貧しかったので木綿製の物を接ぎあてしながらでした。
    そんな祖母が黒い羽織と濃い茶色の人絹着物と金糸が入った帯で出掛ける先が選挙。帯が黒くなると葬式。黒い喪服は喪主親族だけが着るもの。
    帯と羽織が薄い茶か、濃い緑色の時は病気見舞い。
    黒い羽織に銀色の絹の着物、金銀の刺繍のある帯と鼈甲のかんざしなら、結婚式。
    入院するときは、銀色の着物に濃い茶色の帯とやはり黒い羽織。
    お棺では見たこともなかった藍色の着物を着せられていたので、ビックリ。亡くなった祖父の形見で、これを焼くのはオラが死ぬときだ、と遺言されてたそうです。

    黒羽織は、伯母に形見分けされました。

    祖母によく尽くしてくれた、働きものの黒羽織の思い出です。

  46. 着物の名無しさん   2016年02月14日 12:43

    28さんのお話素敵。
    時代に沿って証言してくれる人が、周りに4人もいるなんて〜〜〜!
    どうぞご家族を大切に(^-^)

    45さんのお話も素敵(*´∀`*)
    こういう、かつて着物が衣服の主流だった人の話を聞けるのが
    このサイトのいいところだわん。

    うちは大して着物に興味がない、ただのイマドキリーマン家庭だし
    物心付いた時は祖父母は故人だったり寝たきりだったりで全然そういう話が聞けない(´・ω・`)

  47. 着物の名無しさん   2016年02月25日 16:43

    祖母の着物の写真が出てきて聞いたら着物よく着てたって母が言う
    父方は自分で縫うくらい着てた

    両方私が着物に興味を持つ前になくなったからなんもわからん

  48. 着物の名無しさん   2016年03月14日 13:16

    専門家もやはり人間、普通に知ったか振りするからな~

  49. 着物の名無しさん   2016年04月23日 23:56

    田舎じゃ親戚でもないのにみんな黒服きてる。

    車はみんな黒。
    まあせんすはまったくないわな。TPOなんてものはそもそも聞いたこともないだろうしな。
    泥棒根性だけはあるから新規開店で花があるとみんな持って帰る。
    東京なら泥棒。
    スーパーでは品物をとにかく手に取って押してみる。育ちの悪さが如実にわかる。

  50. 着物の名無しさん   2016年06月12日 18:27

    今更ながらもしかしてだけど、先生は633さんが黒紋付の長着をお召しになったと思い込まれたのでは?
    だとしたら、そのご反応もありうるかも。とはいえ、読んでいるだけで腹立たしくなるような言い方ですが。

    そして黒紋付は元来喪専用ではなかったような気も…。
    黒い帯で弔事に、金糸入りの袋帯で慶事に使っていませんでした? 今は一般的に喪専用でしょうけど。

    そういえば祖母は、留袖や喪服でなく、裾模様と紋付と呼んでました。

  51. 着物の名無しさん   2016年08月27日 04:03

    そんな着付けの先生なんて無視したいほうがいいよ。
    だいたい着付けの先生が作法や故事に通じているとは限らない、ただ着させるだけだからね
    こういう馬鹿な自称着物に詳しい人が、結婚式とか時に値段だけは高く華やかな紬の着物なんかを着てくる
    つむぎは格が低いから晴れの場所に来てくるなよ、そんなのが居ると式の格自体が下がるんだよ
    といいたい、心のそこから言いたいはっきり言うと華やかで数百万の紬の着物より
    テトロン羽二重の紋付のほうが格ははるかに上なんだよ、値段で着物を語るやつが多くてうざい。
    昔は着物に生地の種類の指定があって、それを守らないと無作法とされたものだ
    ハレの式につむぎの着物で来るなんて、ドレスコードがブラックタイのパーティに
    ブレザー姿で来るようなものだとなぜわからない。

  52. 着物の名無しさん   2016年08月27日 04:14

    >>44

    大体もともと黒服が喪服と言う考えが西洋から入ってきた考えで日本の着物にはそぐわない
    日本で着物が常服だったころの喪服といえば白装束だったし、その前は鈍色といって
    ねずみ色だった、黒もあったけれども黒つるばみといって別の色だった。
    日本の喪服の色は古代(白)平安以降(神道では今でも鈍色)、そのあと白色
    で現在黒なので黒はあくまでも洋服の喪服であって着物には当てはまらないと考えるべき。

  53. 着物の名無しさん   2016年08月27日 07:47

    昔だと商店街のお店をちょっと抜けて授業参観へ、ってお母さんには
    普段より少しだけ良い着物に紋付羽織って便利だっただろうね

    洋装のジャケットぽさも流行った理由だったりするのかしら

  54. 着物の名無しさん   2016年08月27日 08:37

    ※51 まさにそう。

    ただし、ブレザーじゃなくてツイードのジャケットだと思う。

  55. 着物の名無しさん   2016年11月16日 09:33

    ※54
    だよね。

    晴れの日の紬の訪問着や一つ紋の縫いの紋付なんて、例えば、それまではずっと神保町の学士会館で行われていた大学のゼミ会が、大学の学食や体育館が建て替えになったのを記念して今回のみそこで行われる、ってときの幹事ではない年輩OG、とか、大臣までつとめあげた政治家が故郷の公民館でやる講演会とそのあとの会食に支持者として招待されたとき、とか会場こそ都心のホテルだけど部屋は会議室でお茶しか出ない勉強会、ぐらいしか考え付かないわ。
    いずれの場合も主催者ではない場合。

    もちろん、柔らかものでいったほうがよいのかもしれない。

    ただ、高齢になったり病を得ると柔らかものはきついと言いますね。えりも腰も崩壊してきて。そういうひとはホスト側にならないし、来てくれるだけで良い、と言われるようになるので、紬でかなりのところに
    行けるのではと思います。

    ほんとうに、紬はツイードですよね。

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